思い出の地

3月24日金曜日。冬の寒さを前面に押し出しつつも、春の暖かさをのぞかせる、そんなゆったりとした天気である。私はこの思い出深い箕面のメイプルホールの入り口前に立っていた。

今日は定期演奏会の本番である。正確にはこの一週間で箕面・名取(宮城県)・武蔵野(東京都)と三公演を行うので、今日の演奏会が終わればそれですべて解放されるわけではない。いや、むしろ明日から移動地獄の始まりである。さながら百鬼夜行のごとく楽器を手に持った集団が1週間をかけて約1300km(大阪→宮城→東京→大阪の移動距離)をひたすら移動するのである。たまたまスマホをいじっていたら、この3つの都市は「子育てがしやすい街」だと知ったが、残念ながら独身の私には特別な感情がこみ上がってこなかった。

なんでこんなことをやっているのであろうか。もっと有効な時間の使い方だってあるはずである。(正確には、ないわけがない。)でもまあ、きっと次の半年後もきっと同じことを思いながら、同じ行動をしているに違いない。その次の半年後も、そのまた次も…。

はあ、結局私にはこの道でしか生きていくことはできないのだ。かつて純粋に楽しそうという理由だけでこの道に足を進め、若さゆえの素直さだけをその原動力にひたすらこの道を突き進んできた。これまでに何度も道を選びなおす機会はあった。でも、その時々の私はそうはしなかった。

そして最後の分岐点であった大学4年の時、私は一生をこの道にささげることに決めた。だって仕方がない、もうその時点で音楽しか自分に無いことはわかっていた。その時にこの道ならばきっと生きていくことができるという自信と、この道以外では生きていくことができないという何か諦めのような感情を当時持っていたのは覚えている。

そういう思いで私はこの道に足を進めた。決して100%の自信などなかった、むしろほとんど50:50だ。でも後悔などはしていない。
あの時の私にはそれが最善の選択であったし、それを私自身が分かっていた。

ふう、そんなことを考えていると、開園まで残り1時間になっていた。
いつもの通り、私は『ダルウィニー』の瓶に手を伸ばした。これが演奏前の決まりだ。