運命の滝壺

3月24日金曜日、19時。まばゆいスポットライトの光、横眼には視界の一面に広がる観客の波。

いつもどおりの光景である。

またこの日がやって来た。
私が所属している『関西センチュリー管弦楽団』の定期演奏会である。
もう今回で楽団として201回目の演奏会。ただ私には、これだけ続けてきた楽団と毎度聞きに来る聴衆たちの思いを、残念ながら心の底から理解することができない。別に私はそれほどの、煌々と燃える鉄火のような情熱をもって演奏しているわけではないし、そもそもなぜこれだけの人が毎度毎度集まるのだろうか。
団員の友人や近親者が来るのはわかる。でもそういう事情もない人が来るのに、ただクラシック音楽を聞きたいだけであれば、別にうちでなくてもよいのになあとつい思ってしまう。

そもそも私は「演奏会」を楽しいとか、晴れの舞台なんだとかはほとんど思っていない。それはいわば私にとって、”ルーティンワーク”とでも言うべきものである。

確かに演奏会というのは、昔の、当時まだヴィオラを始めたてだった高校生の私にとってはものすごく楽しみで、そして実際に楽しかった瞬間であった。
”音楽”というものに対して、私は今よりももっと自由で素直で、そして従順だった。演奏会用の一曲をとっても、ワンフレーズ、一小節、いやたった一つの装飾音に至るまで”崇高”な考えを抱き、それを”敬虔”に表現しようとしていた。その過程で私以外の他の”聖騎士たち”との間で(今の私では考えられないほど熱く)衝突を繰り広げることもあった。
だがそのような辛い過程を含めてもなお、純粋に音楽活動を楽しむことのできる自分があの頃はいた。

そんな昔のことをふと振り返っていると、指揮者とヴァイオリンのソリストが入場してきた。二人とも、屈託のない微笑を浮かべている。そして観客の一層大きな拍手が巻き起こる。一連の流れだ。
今回の曲はF・メンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64』。

舞台上でやさぐれている私を残して、指揮者がタクトを構え、舞台上の全員が楽器を手に取った。

私は弓を構え、一小節目開始のG線上B音の位置に指を置いた。